多くの貴い人命が失われた阪神・淡路大震災。私も震災で家を失った被災者の一人として、被災地の皆さまとともに、「一番傷付いたところだからこそ、世界一の安心・安全な街づくりをしたい!」との信念で、今日まで復興に取り組んできました。
一九九八年には「被災者生活再建支援法」を成立させ、二〇〇一年には衆院災害対策特別委員長として、危機管理体制の充実・強化、防災対策に努力してきました。 また、震災などの災害で家が全・半壊した被災世帯の方々は、本当に大変な思いをされております。住宅再建支援に向け、その深刻な声を国政の場に届けるために奔走し、いよいよ来年の通常国会で新たに結実します。
公明党の主導で「被災者生活再建支援法」が改正され、住宅再建の項目が入る運びとなったのです。 また、バリアフリー化は、二十一世紀の街づくりの前提と考えます。というのは、二〇四〇年には、三人一人が六十五歳以上になると予測されているからです。そこで「二〇一〇年までにJR、大手私鉄など、全国三千七百の駅にエレベーターの設置を」と訴えて、推進してきました。
私が、こうした街づくりを決意するきっかけの一つは、車イスを利用している友人からの「声」でした。 新神戸から新幹線に乗るのに「手続き」がいる。まず、何日に乗車するかを駅に連絡し、当日は三十分くらい前に駅に行く。そこには数人の駅員さんが待機。階段を運び上げてもらう。
彼はいつも思うそうです。「忙しい駅員さんにも迷惑をかけるし、乗降客の視線もつらい」と。 設置に当たって、費用など様々な問題もありましたが、二〇〇〇年に「交通バリアフリー法」を成立させました。現在では、皆さんの目の前でバリアフリー化がどんどん実現しています。
BSE(牛海面状脳症、狂牛病)問題で不安が広がった時も、すぐさま牛の全頭検査を推進。その現場に動き、BSEの疑いのある牛肉が、消費者のもとに出回らない「牛肉トレーサビリティー(履歴検索)システム」をつくりました。そして、食の憲法ともいうべき「食品安全基本法」を成立させました。
二〇〇五年には、復興の総仕上げともいうべき十年の節目を迎えます。
自身の原点を常に見つめ、わが地域「安心の街」の模範にするため、懸命に働きます。